外貌醜状の逸失利益
逸失利益への反論で争いに
外貌醜状については、後遺障害逸失利益を否定する反論が加害者側から出され、争いになることが多くあります。
それは、外貌醜状自体が物理的に身体の機能を障害するものではないのが通常であるためです。
すなわち、外貌醜状の逸失利益について加害者側からの反論の趣旨は、「外貌醜状では労働への支障がないので、逸失利益は認められない」というものです。
外貌醜状による労働能力喪失を検討
外貌醜状の逸失利益について争いになった場合、その外貌醜状による労働能力の喪失の有無や程度、期間が検討されます。
その検討においては、外貌醜状の部位・形状・程度などとのかねあいで、被害者の事故時の職業、その仕事内容や収入への影響、将来の異動・転職への影響などの事情が考慮されます。
そして、労働能力の喪失を肯定する方向の事情と、否定する方向の事情について、比較考量がなされるのが一般的です。
外貌醜状を慰謝料で斟酌も
外貌醜状による逸失利益が認められない場合でも、精神的苦痛を生じさせていると評価して慰謝料の増額をもって斟酌することがあります。
ただし、そのような慰謝料の増額が必ずされるというものではありません。
こうした外貌醜状の逸失利益について考える材料として、裁判例をご紹介します(要点の抽出で、省略したところはあります)。
外貌醜状の逸失利益を認めた裁判例
外貌醜状による労働能力の喪失率と喪失期間を認定して、後遺障害逸失利益を認めた裁判例をご紹介します。
京都地方裁判所・令和3年5月14日判決
右外眼角部瘢痕拘縮があること、
口唇下部の線上瘢痕は、下顎部分にやや隆起して垂直に存在し(約4cm×約1cm)、後遺障害等級12級14号に該当し、一見して分かるもので、比較的目立つ程度のものであり、その部位や形状からすると、化粧や髪形等によって目立たなくすることも容易とはいえないこと、
本件事故当時19歳であり、宿泊施設等において仲居といわれる接客業に従事していたものの、本件事故により接客業を継続することは困難となったことが認められる。
かかる後遺障害は就労に具体的な影響を与えるものと認められ、対人関係、社会生活への影響も考えられる。
顔面の瘢痕については将来回復する見込みは乏しいと考えられることから、労働能力喪失期間は症状固定時(21歳)から67歳までの46年間を相当と認める。
福岡高等裁判所・平成30年12月19日判決
本件事故当時未就業であったことからすれば、・・・就業する職種等について確定していたわけではなく、
営業職や接客業関係職など醜状が業績や収入に影響し得る職種などについて事実上制限されたなどの不利益があることは明らかであるから、
およそ労働能力の喪失がなかったということはできない。
本件事故当時から公務員職を志望していたところ、・・・本件瘢痕は公務員採用試験には必ずしも影響せず、・・・当初から志望していた公務員として現に採用に至ったこと、
当審の口頭弁論終結時点で21歳と若年であり将来の転職の可能性もあることなどの事情を総合すると、
本件事故による本件瘢痕のために職業選択に当たり職種制限や将来の昇進等に不利益が生じたとしても、その影響により・・・喪失した労働能力は、9%と認めるのが相当である。
本件瘢痕が経年的に改善されることは認め難いことなどを考慮すれば、労働能力喪失期間は20歳から67歳までの47年と認めるのが相当である。
横浜地方裁判所・平成30年3月9日判決
顔面に残存した線状痕は、原告と相対した者の目に付き、相手に相応の印象を与えるものといえるところ、
原告は、不動産賃貸業のほか、販売業、探偵業等、いずれも顧客等と接触し、営業活動を行うことが必要な業務に従事してきたものであり、
外貌醜状が相手に悪印象を与え、営業上の不利益が生ずるおそれがあることは否定し難い。
また、原告自身においても、自己の外貌醜状を気に掛けるあまり、人との接触が消極的になり、十分な営業活動が行えないなどの影響が生じることも考えられる。
加えて、原告の年齢からすれば、今後も別の事業を立ち上げたり、他社へ就職することも考えられるところ、そのような場合にも、原告の外貌醜状が、営業活動等に悪影響を与えたり、就職活動等に不利益を及ぼしたりするおそれも考えられる。
以上で述べたところからすれば、原告の顔面に残存した線状痕は、原告の労働能力に影響を及ぼすものと認められるべきであるが、
他方において、当該影響は間接的なものにとどまると考えられ、
また、年齢及び経験を重ねることにより、外貌の醜状が労働能力に与える影響も低減すると考えられることからすれば、
労働能力喪失の程度については、症状固定時から10年間にわたり、7%の労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。
東京高等裁判所・平成28年12月27日判決
本件治癒痕が今後寛解し目立たなくなるとは認められないこと、
音楽大学を卒業後、一貫して舞台俳優になることを目指して舞台活動を続けてきたものであり、今後も同活動を続けることが見込まれること、
仮に舞台活動を離れたとしても、本件治癒痕の存在は、一般企業への就職活動等においても不利益に働き得るものであること等を考慮すると、
控訴人(症状固定時25歳)は、本件事故により本件治癒痕の後遺障害を負ったことによって、67歳に達するまでの42年間にわたり、5%の労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。
外貌醜状の逸失利益を否定し慰謝料で斟酌した裁判例
外貌醜状について、労働能力の喪失を否定し、ただし慰謝料で斟酌した裁判例をご紹介します。
大阪地方裁判所・令和3年1月29日判決
本件事故時、本件会社において、・・・照明作業に従事し、本件事故後も、同じく本件会社において照明作業に従事しているところ・・・、
本件事故後の収入は、本件事故前における原告の収入と比較して概ね増加傾向にあることが認められる・・・。
以上述べた原告の職務内容及び収入状況等に照らすと、
転職可能性・・・などの事情を考慮したとしても、
本件線状痕が、原告の労働能力喪失に直接的な影響を及ぼしているとは認められない。
もっとも、・・・照明作業に伴う営業活動や対人関係に対して消極的になるなど、間接的に労働能力に影響が及んでいる側面は否定し難いことから、
この点については、後遺障害慰謝料において斟酌するものするものとする。
東京地方裁判所・令和2年2月21日判決
瘢痕等は認められるものの、大きな色素沈着があるとか、陥没や隆起が著しいとまではいい難い上、
化粧や帽子で一定程度目立たなくすることが何ら期待できないような事情までは認められない。
本件醜状を理由として職場復帰や就職を拒絶されたと評価するに値するほどの具体的・客観的事情は認められず、
症状固定時期より前からアルバイトに復帰したり、建設現場で稼働するなど就労し、・・・においても人員不足のため接客を求められるなどの事情も認められる。
本件醜状をもって、直ちに労働能力喪失に具体的に影響を生じさせるものとみることはできず・・・
原告が若年であることや、本件醜状の位置や程度等に鑑みると、
本件醜状が原因で原告が対人関係や転職において消極的になったりするなど心理的影響が今後も生じることが想定されることは否めないことも考慮し、
後遺障害慰謝料は・・・円と認めるのが相当である。
横浜地方裁判所・令和2年2月10日判決
左前額部の生え際付近に、幅約5mm、長さ約5cmの後遺障害等級表9級16号に相当する本件線状痕が残存したといえるところ、
本件線状痕は、通常、肌色~白色であるが、触る、掻くなどすると、赤色になることが認められる。
本件事故当時、・・・パートタイムで働いていたところ、・・・顧客が、あらかじめ購入した食券をカウンターにいる従業員に渡し、料理等を受け取る形式のセルフサービス式の食堂であり、・・・カウンターにおける業務に従事していたことが認められる・・・。
本件線状痕は、その位置、形状からして、対人関係に消極的になるなど、労働能力に間接的な影響を及ぼす可能性は否定できないが、客観的にみて、労働能力に直接的な影響を及ぼすものと直ちにいうことはできない。
業務内容に鑑みても、顧客との接触の場面は限定的であり、外貌が、業績に結び付くようなものでもなく、・・・待遇に不利益が生じたということもできない。
本件線状痕を理由とする後遺障害逸失利益が発生したということはできないが、本件線状痕による影響については、後記・・・の後遺障害慰謝料で考慮することとする。
京都地方裁判所・平成29年2月15日判決
線状痕の部位及び程度からすれば、髪型や化粧などで目立たないようにすることは十分可能であり(髪型に制限が生じるとしても、これにより労働能力の喪失がもたらされるものではない。)、
将来における労働能力に直接的に影響を及ぼす蓋然性を認めることはできない。
よって、原告の逸失利益は認め難い。
線状痕の部位及び程度からすれば、髪型等で目立たなくできるとしても、女性として髪型の制限を受けること自体が精神的負担となりうる。
今後成長期を迎えていく中で、線状痕の存在を気にして対人関係や対外的な活動に消極的になり、そのことが原告の性格形成に影響を及ぼす可能性が否定できず、
具体的に労働能力への影響が生じる蓋然性が認められないとしても、原告の線状痕の部位及び程度からすれば、将来選択できる職業に一定程度の制約が生じる可能性は否定できない。
以上を踏まえれば、後遺障害慰謝料は、・・・円とするのが相当である。
このページの著者
弁護士 滝井聡
神奈川県弁護士会所属
(登録番号32182)